p_world
風が吹き抜けていく。吹きぬけた風が背後に回り、周囲の木々をざわめかせているのを
聞きながら、目の前の男がこれまで出間違いなく最強の相手であることを再認識させられ
た。
(…打つ手はなし…か?…あるわけが無い…。)
愚にもつかない自問自答が頭をよぎる。答えは導き出すまでもなく解りきっていた。普
段なら、これ以上ない相棒であるはずの腰の剣が、今にも折れそうな小枝のように頼りな
く見える。
彼は決して動くことはなく、ただじっとこちらを見てその動きを伺っている。それはこ
ちらも同様、ただし動かないのではなく、動けないのだがこの際それは問題にならなかっ
た。
「おぉっ!」
短い気合を発して飛び出す。10m弱の距離を一瞬で詰め、勢いを殺さずに袈裟切りに剣
を振り下ろす。
タイミングはこれまで経験したどの戦いよりも良かった。実際には幾分か消えてしまう
はずの勢いも、今回は殆ど無い。ほぼ完璧といってよかった。
(いける!)
確かに誰が見ても完璧としか思えない斬撃。武闘場での試合ならば、採点官は間違いな
く9点以上をつけたはずだ。これを避ける人間など、何人も居ない。そこまでの確信をも
って繰り出した斬撃だった。
それを、彼はいとも簡単に、本当に何事も無かったかのように僅かに体勢を動かして避
ける。反撃に転じようとして、中止した。かわした瞬間に、彼もそれを予想したのだろう。
そのまま脇を走り抜け、先ほどとほぼ同距離まで離れたところでこちらに向き直っていた。
再び剣を正眼に構え、こちらを見据えている。
…面白い。正直にそう思った。自分には勝てないと知りつつも、僅かな可能性を模索し
ながら剣を握っている。こちらの僅かな隙も見逃すまいと、懸命に自分を凝視している。
こちらが動くのを待っているのか、それとも動けないのか?彼は強張った表情で固まって
いた。
(ならば今度は俺が動いてやろう。)
先ほどの自分と違い、彼は吐き出すのみで飛び出してくる。周りのあらゆる物に目もく
れず、ただ自分だけを見ている。仮をする獣のような眼がギラリと光を放っている。
次の瞬間、心臓を鷲掴みにされるような感覚が彼を襲う。一瞬遅れて、それが現実に起
きていることを自覚した。彼の手が胸に入り込んでいた。
潰すほどの力はこめない。実力差を理解させるだけでよかった。自分は彼の最高の一撃
をいとも簡単にかわし、彼は自分のなんでもない一撃をかわせなかった。言葉に出す気も
無くなるほど開いている実力。いずれは彼がこの高みまで上昇してくる期待を込めて、つ
かんでいた心臓を離した。
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