失われた大地に花束を〜endless bulled〜

 橘と別れてから、一週間後、達也はまだ失われた大地(ロストグラウンド)にいた。この地

の情報を、本土に送ることが任務だったということもあるが、実際のところ、彼は迷って

いた。自分はこのまま、本土の工作員としてここに留まるか、それとも元のネイティブア

ルターとして、定住するか、カズマや橘との出会いが、彼をその迷いに引きずり込んでい

た。そして、カズマと橘のことは、本土に報告していなかった。

「さて、今日の調査結果を、報告しておくか…。」

迷っていると入っても、彼は未だ本土の工作員であることに間違いは無く、迷いを気づか

れないためにも、定時に報告することを怠ってはならなかった。

 報告のために、必要なスペースを確保できる場所を、探し始めたときだった。達也のち

ょうど目の前から、何かが砂塵を巻き上げながら、彼に近づいてきた。目を凝らしてよく

見ると、それは派手なピンクにオレンジのペイントがなされた、車だった。その車は、達

也の目の前で、見た目以上に派手なスキール音を立てて、360度ターンを3回連続でやって、

ようやく止まった。同時に、ガルウィングタイプの運転席の扉が開き、中から派手な髪型

の男性が、飛び出してきた。

「オオットォ。本土のアルター使い、発見!」

空中で、二回転してから音も無く着地した彼は、何かを調べるように、達也のことを眺め

回した。達也は、その光景が信じられず、ただ呆然とその場に立ち尽くすだけだった。

「んんー?どうした?俺の顔に何かついているのか?」

「あ、いや…あんたは…?」

「ああ、俺か?俺の名は、ストレイト・クーガー!世界を縮めるアルター、ラディカル・

グッドスピードを持つ、世界最速の男だ!お前は?」

「お、俺は麻生達也(あそうたつや)、あんたの言葉通り、本土で生成されたアルター使いだ。」

常にハイな、クーガーのテンションに付いて行けず、おどおどと答えるが、彼はそんなこ

とは、気にしていないようだ。

「ほお、それで、こんなところで何をしてるんだ、カツヤ。」

名前を間違われて、思わず体の力が抜ける。慌てて膝に力を入れ、体勢を立て直すと、文

句を口に出した。

「名前を間違えるな、俺はカツヤじゃない。達也だ。」

「そうだったか?スマンな、人の名前を覚えるのは、苦手なんだ。」

口では誤っているが、その口調や表情は、少しも反省しているようには見えない。

「それで、本土のアルター使いが、一体ここで、何をしていたんだ、カツヤ?」

「だから、俺の名前は達也だ!」

先ほどの、文句は彼の耳に届いていないのか、早速名前を間違えたクーガーに、達也が声

を荒げる。

「ああ、スマンスマン。ところで、こんなことを繰り返していたんじゃ、話が先に進まな

い。そろそろ、お前がここで何をしていたのか、話してくれないか?」

達也は、呆れたように、クーガーに話し始めた。HOLDの掃討作戦で、捕らえられたこと

から、失われた大地に戻ってきた理由、カズマや橘と出会ったこと、そしてその結果、今

の自分が揺れていることまで話した。勢い、なのかも知れないし、ただ誰かに話したかっ

ただけかもしれない。だが、すべてを話したことで、達也は少しスッキリした気分になっ

た。クーガーの方は、終始お世辞にも真面目、とはいえない表情ではあったが、とりあえ

ず、話はちゃんと聞いていたらしかった。

 話が終わると、クーガーはすべてを見通しているような微笑を浮かべ、達也に聞いてき

た。

「で、お前はどうするんだ?カツヤ。」

「だから、達也だ!」

「気にするな、さっきも言っただろ。俺は人の名前を覚えるのが、苦手なんだ。で、どう

するんだ?」

相変わらず、悪びれもせず、人の名前を間違えるクーガーに、呆れながら答えた。

「気にするだろ、普通…。それに、どうするったって、それが決まってないから、迷って

るって言ったんだろ。」

「そうか、そうだったな。ハッハッハッ、まあ気にするな。それじゃあ、今のお前に刺激

を与えてくれる連中に会ってみるか?乗れ。」

言うが早いが、クーガー自身は、既に車に乗り込んでいる。達也は、しぶしぶと助手席に

乗り込んだ。その瞬間、待っていたかのようにクーガーがアクセルをそこまで踏み込む。

同時に、車は弾丸のように走り出した。

「ま、待て!まだベルトしてな…。」

「あんまり喋ると、舌噛むぞ。カツヤ!」

その通りだった。ラディカル・グッドスピードによって変化した車は、荒野と化した失わ

れた大地の起伏のある地面から離れることなく、四本のタイヤはしっかりと接地している。

それゆえに、振動はラリーを走っている車のそれを、はるかに上回るものだった。しかし、

クーガーはそんなことは気にすることもなく、笑いすら浮かべながらステアリングを握っ

ている。一方、達也も最初こそ振動に驚いたものの、今はシートの上で落ち着いて座って

いる。

「俺は、この失われた大地中を回りながら、のんびり生活してるんだ。何故か判るか、カ

ツヤ!」

「達也だ!それに、そんなの判るか!」

返事が終わるのを待ちきれなかったような早口で、クーガーは言葉を返す。ただし、それ

は答えになってなかった。

「のんびりした生活を、送るのは、良いことだ。それだけで心が安らぎ、人を慈しむこと

ができる。だがしかし、人はこう思うものだ。もっと早く動けたら、のんびりできる時間

が増えるのに、と。俺なら、それを実行できる。だから俺は、こんなにものんびりした生

活を送っている!」

 車は、10分ほどたっただろうか。クーガーはアクセルを戻すと、一気にブレーキをそこ

まで踏み込む。同時に、車が姿勢を保つことができず、回転を始めた。彼はそれに逆らう

ことなく、カウンターも当てない。そのため、車は回転を始めるが、1回転では勢いが死に

きれず、結局3回転してしまった。

達也は、停車すると同時に、ものすごい勢いで車から降りると、視界の隅にあった岩の前

で、胃の中のものを吐き出した。

「オエエェ!」

「おいおい、大丈夫か?調子悪いときは、車に乗るもんじゃないぞ。」

(お前の運転が荒いんだよ!)

心の中で叫びながら、ようやく落ち着くと、クーガーの元へ歩いていく。彼は笑いながら、

正面を指差した。その方向では、激しい爆煙が上がっていた。

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