失われた大地に花束を〜endless bulled〜

 何かを煮込んでいるような音、香辛料の香り。その二つに呼ばれたように、達也は目を

覚ました。

「…ここは?そうだ、俺は…カズマとかいうネイティブアルターに…。」

少しずつ、気を失う前のことが、頭に浮かんでくる。右腕が変化する、融合装着型のアル

ター、シェル・ブリッド。三枚の翼で風を起こし、それに乗って相手を攻撃する。それだ

けでなく、黄金に変化したとき、翼をヘリコプターのローターブレードのように回転させ、

空中を浮遊し、その中心にある噴射口から吹き出す風を推進力として、攻撃力を大幅に上

昇させる、シェル・ブリッド・バースト。そして、意識を失う直前にカズマに言われた言

葉…。

「男だったら、少しはなんか見せてみろ、か…。」

足音が近づいて来たのは、そう呟いた時だった。

 その足音の主は、達也のすぐ近くで止まると、優しそうに声をかけてきた。

「気がついた、みたいですね。」

その言葉に答えるように、達也はゆっくりと顔を上げる。そこには、優しそうな顔をした

男性が、彼を見守るように覗き込んでいた。

「大丈夫でしたか?」

「え、あ…まあ、一応。」

それを聞いた彼は、本当に安心したように、胸をなでおろしながら、話した。

「よかったですね。それにしても、驚きましたよ。あんなところで倒れているなんて、い

ったい何があったんですか?」

その問いかけに、達也が答えられないでいると、彼は仕方が無い、といった表情で、話を

続けた。話しながら、その表情が、徐々に厳しいものに変わっていく。

「話したくないなら、無理に聞こうとは思いませんよ。僕の名前は、橘あすか。アルター

使い、エタニティ・エイトの橘あすかです。本土のアルター使いさん。」

「な、何で俺が、本土のアルター使いだと?」

戸惑う達也に、橘は表情を変えずに話を続ける。

「僕もアルター使いの端くれですからね。本土のアルター使いに会うのは、これが始めて、

というわけではないのですよ。本土のアルター使いには、全員同じ特徴があるんですよ。」

「同じ特徴?」

「そう、本土で生成されたアルター使い…いえ、本土から送られてきた人は全員、肩に同

じ刺繍があるのです。Freedomという、刺繍が。」

達也は、気がついて右肩に手を当てた。確かに、本土から来たものには、識別のために

Freedomという刺繍が入っている。しかし、まさかそんな細かいことに気がつく人間がい

る、などと考えたことも無かった。

「それで、あなたはどのような目的がって、ここに来たのですか?そして、何故あそこで、

倒れていたんです?」

「俺は…あそこで…違う、何もしたくなかった。何もされたくなかった。面倒なことは、

御免だ。」

その言葉を聞いた橘は、呆れた様にため息を吐く。そして、真剣な眼差しで、怒鳴りつけ

た。

「あなたはなぜ自分がここにいるか、真剣に考えたことは無いのですか?!僕は失われた

大地の未来を考えて、ここに居ます。そして、行動しているのです。失われた大地を、僕

たちの手で、守り抜くために!」

「俺が、何故ここにいるか…。」

その言葉は、先ほどカズマに言われた言葉より、厳しいものだった。橘の言葉は、刃を超

え、槍となって彼の心臓を貫いた。それは間違いなく、達也が一番言われたくない言葉だ

ったのである。

 人に流されて、生きてきた彼は、HOLYによるネイティブアルター掃討作戦時に、顔の

左が仮面で覆われた、遠隔操作型のアルターを使う男の力を恐れ、無抵抗のまま捕らえら

れた。

 能力不足として、本土に送られるときも、本土で生成されるときも、流されるように受

け入れ、抵抗することなど無かった。

 その結果、彼は本土の特殊工作員として、この失われた(ロストグラ)大地(ウンド)に戻っ

てきたのだ。しかし、それすら気がついたら、勝手に決まっていたことだった。そして、

彼はそのときも、素直に応じ、こうやってこの地にいるのだった。

 じっと俯いたまま、黙り込んでいる達也に、両手にマグカップを持った橘が、再び話し

かけてきた。

「このまま、あなたの答えを待っていたら、日が暮れてしまいそうですね。とりあえず、

これでも飲んで、一息つきませんか?」

それを受け取りながら、達也が尋ねる。

「何故、本土のアルター使いだと判っていて、ここまでしてくれるんだ?」

橘は、自分自身でも不思議だ、といった表情で空を見上げると、マグカップの中のスープ

を口に入れてから、静かに答えた。

「何故、でしょうね。僕にも、わかりません。ただ、これだけはいえる。目の前で、人が

倒れていた。僕は、その人を助けたいと思った。たとえそれが、本土のアルター使いだと

しても、目の前にある救える人を、見て見ぬ振りして通り過ぎるなんて、僕には無理なん

です。」

そういって、再びスープを口に含み、優しそうに微笑んだ。それから、達也にスープを勧

めてきた。

「大丈夫です。毒なんて、入っていませんよ。」

そういって再び笑う。達也は、スープを一口、口に入れ、同じように優しく微笑んだ。

「…温かいな…。」

橘は、達也の表情を見て、再び微笑むと立ち上がって、荷物を肩にかけた。

「さて、僕はそろそろ、行くことにします。あなたも、回復したら本土に戻ることを、お

勧めします。このままここにいたら、そのうち殺されてしまいますよ。」

それだけ言って、彼は立ち去っていった。達也は、彼の背中が見えなくなるまで、呆然と

眺め、そして呟いた。

「俺がここにいる意味、か…。」

それから、マグカップに残ったスープを、一気に流し込み、そのまま休むことにした。

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