Hello World from Deep Diver
翌週、4人が顔を合わせてから、丁度1週間後に健から「仕事が来た」、と集合の声がか
かった。
ちなみに、健が召集をかけられるのは、メンバーを集めた彼が、リーダーということに
なっており、依頼は、全て彼のもとに、来るからである。それについては、他のメンバー
も納得済みのため、何かあるときは、自由にメンバーを呼び出せることになっている。
後で聞いた話だが、このマンションは大企業が出資している、ベンチャー企業のオフィ
スもなん部屋かあり、その関係で予め登録されているものであれば、住民意外でも自由に
出入りが出来るらしい。
被登録者のみなら、複数で入っても警報は鳴らないそうだが、監視カメラには、しっか
り撮られる、ということだ。智哉、彩、渚の3人は健が既に登録しておいた、彼の自宅兼
仕事場のセキュリティを素通りすると、仕事場へ集合した。
このフロアの大まかな間取りは、先に説明した通りで、健は玄関を背にした右側を自宅、
左側を仕事場としていた。最初に、全員が集まったバルコニーは、会議室という名目らし
く、今回もそこに集められた。
全員が集合したところで、資料が手渡され、依頼内容が説明される。
「希少金属?」
資料に目をやって、すぐに疑問の声をあげたのは智也だった。
「そう、今回の仕事は井筒金属が手がけている、希少金属の発掘、取引のデータを拾って
くることだ。あまり、張り合いがないかもしれないが、まあ初仕事だしな。文句は無しだ。」
その答えに、確かにと返事をしてから、彩が新たな質問を投げかける。
「でも、発掘状況はともかく、取引のデータまでなんて、一体何が目的なんかしら?」
「さあな、そこまでは俺も知らんよ。俺のところにだって、回ってくるのは依頼内容と期
日だけだ。依頼人や、その目的までわかるわけがない。」
健は全員が頷くのを確認してから、言葉を続けた。
「納得したところで、それぞれの役割分担だ。期限は一週間、3日後までに俺と彩で必要な
データを集めて、計画を立てる。それが出来上がり次第、智也と渚は自分達が動き易いよ
うに変更してくれ、それが2日。決行は、最終日前日の6日後の予定だ。何か質問はある
か?」
「一つ質問。私はあなたとデータを集めることになっているけど、それは…。」
何処でやればいいの、と言い切る前に、健が答える。
「ああ、この後俺と分担を決めて、そこからは自宅でやってもらってかまわない。このフ
ロアの半分は、オフィスってことにしているけど、流石に俺と2人きりっていうのは嫌だ
ろうしな。」
「別にオフィスにある、PCのスペックが良ければ、ここで作業しても、かまわないのだけ
ど…。」
「そうか…まあ、俺もここでやってもらったほうが、楽だし、彩がかまわないなら、こっ
ちでやってもらった方がいいかな。」
「それじゃあ、後でPCのスペックを教えて頂戴。必要なら、家から機材を持ち込まなくち
ゃいけないから。」
「わかった、他の質問は?」
「俺と渚は、計画が決まるまで動くことも無いし、特に無いな。」
「そうか、じゃあ2人には、また連絡するから、それまでのんびりしていてくれ。」
その言葉で全員が解散した。
話が終わると、彩は自室に戻ろうとしている健に声をかけた。
「オフィスを見せてもらえる?」
「ああそうか、オフィスはそっち側だ。鍵はかけてないから、自由に入ってくれ。一応、
最新の機材はそろえてあるけど、必要なものがあったら、なるべく早く用意するから、言
ってくれ。」
話しながら、オフィスへと通じる扉を開けると、中には最新型のPC四台など、現在最新の
モデルとして発売されたばかりの、OA機器が並んでいた。
部屋に足を踏み入れた彩は、感嘆の声を漏らす。企業ですら、ここまで最新のものをそ
ろえるのは難しいだろうに、この部屋には、殆ど最新の物ばかり並んでおり、健がオフィ
スと称するのも、当然に思える。どうすれば、ここまで最新のものを、個人レベルでそろ
えられるのか、聞こうとして、すぐにその言葉を飲み込んだ。
彩同様、健もハッキングを得意としているのだから、このくらいは簡単だろう。
おそらく、銀行か販売店の、どちらかのコンピュータを操作して、入手したのだろう。
彼女は、オフィスの機能を一通り説明した健が、部屋を出ると、入り口から一番近い端
末の前に腰を下ろすと、電源を入れた。
全てのPCに共通の、馴染み深い起動音を発して、リンクスソフト製の、最新版OSのロ
ゴが、ディスプレイに浮び上がる。
OSの機動が終わると、デスクトップ上に映し出されているのは、バンドルソフトのアイ
コンのみで、健が説明していた通りサードパーティのソフトは、入っていなかった。オフ
ィスツールすら、入っていないこの端末は、それぞれ個人用に割り当てられる予定だから、
と健は言っていたが、言い換えると、彼が楽をしたいだけのように思える。
彩は少しそう思ってから、ブラウザを起動させると、なれた手つきでキーボードを叩き、
ハッキングを開始した。
まずは、自宅にあるコンピュータにアクセスし、専用のハッキングプログラムをダウン
ロードしてくる。それが終わると、ダウンロードしたばかりのプログラムを起動し、井筒
金属のメインコンピュータに、アクセスを開始する。
途中、世界各地にある、主要なコンピュータメーカー等のサーバーを一回り、更に正反
対になるようにもう一回り、数秒で世界中にある、いくつかのサーバーを通過して、漸く
井筒金属のサーバーに進入した。
時間をかけないよう、素早く主要取引先のデータをダウンロードし、更に警備関係のプ
ログラムをダウンロード、おまけに自分専用のIDと、パスワードの設定までして、来た道
を戻っていく。
途中、後を終われていないか気にしながら戻るが、どうやら取り越し苦労だったようで、
全くその気配は無かった。もしかしたら、メインコンピュータに進入されたこと自体、気
が付いていないのかもしれない。
「この国って本当に平和ね…。」
呟きながら、ネットワークの回線を閉じ、手近にあるディスクに、ダウンロードしたデー
タを移し、端末の電源を落としてから、反対側にある健の部屋へ向った。
当然だが、廊下を隔てた反対側にある健の部屋までは、5秒とかからない。彩は、先ほど
のデータが入っているディスクを手に、健の部屋の扉をノックする。中から返事が返って
くるのを待って、中に入った。
中に入ると、今まで彼女がいた部屋とは、全く違った光景は目に飛び込んできた。オフ
ィスは家具や機材が所狭と並んでいるものの、傍目には綺麗に整頓されているように見え
たが、こちらは違った。
床中を、様々なコードが、剥き出しの状態で走っており、無造作に置かれた、いくつか
の端末に繋がっている。その端末の電源は、延長の末更に延長され、いくつかの蛸足へと
つながり、最終的には部屋の隅にある、大掛かりな電源装置へと接続されていた。
その上、所々に本や雑誌、ディスクが無造作に置かれていて、足の踏み場も無い。
強引に開けたとしか思えないスペースに、端末が置かれた机があり、健が手にした本と
ディスプレイに交互に目をやっていた。
その光景を見た彩が一瞬言葉を失い、健に声をかけられて正気に戻った。
「どうした?」
「…部屋の片づけくらいしたらどう?」
「ああ、来てからずっと忙しかったからな。この仕事が片付いたら考えるよ。」
「今がこの様子じゃあ、片付けても大して変わらないのでしょ?」
「よくわかるな、一応必要なものは、そろえておくのだが、残りは一まとめにしておくだ
けだからな。いざ必要になったときに、何処に言ったか解らなくなるんだ。」
「それでよくやっていけるわね。今度は人の上にたつのだから、整理整頓くらいは出来な
いと大変よ。」
「心がけるよ。ところで、何か別の様で、来たのじゃなかったのか?」
その問いかけに、彼女は勿論と答えてから、ディスクを手渡す。
「ネットワーク上にあった、井筒金属の取引先と、警備スケジュールのデータよ。取引先
の方は、わざわざ依頼が来た程だし、無意味でしょうけど。」
「へえ、意外と早かったな。ちょっと待ってな…。あ、取引先は、裏のデータがあるらし
くて、依頼主が欲しいのは、そっちって話だ。」
こともなげに言う彼女に、感心して答えた健は、続けて話しながら端末に向うと、彩より
数段速い速度で、井筒金属にハッキングを仕掛けていく。
「警備スケジュールはあるから、後は内部構造と出来れば、機械関係のデータか…。」
口にしながら、次々とデータを調べ、ダウンロードすると接続をきる。
そこまでの作業を彩より、やや早く終わらせる。特に戻るときの速さは、それ以上だっ
た。おそらく彼を追いかけることが、出来るのは世界中捜しても一握り、10人にも満たな
いだろう。
そこまでを、当然のように終わらせると、彩から渡されたディスクに、自分がダウンロ
ードしたデータを追加する。
「これで終、と。まあ、取引先の方は当然、全てじゃないだろうからな。その当りを調べ
ないと駄目だな。智哉達の計画を立てるのと、調べ物のどっちにする?」
「そうね…調べ物よりは、計画を立てるほうが楽かしら?」
「どっちも変わらんと思うが。じゃあ、計画のほうは任せる。今落としてきたデータも
、
使ってやってくれ。それと、こっちは、別に使わなくてもいいんだけど…。」
健の話に、最初は怪訝な顔をしていたが、話が進むうちに、その表情はだんだん楽しげ
な微笑みに変わっていき、興味深そうに頷く。彩はその話を聞くと、すぐに部屋を後にし
たが、その後も詳細を決める為に、何度か健の部屋に足を運んでいたようである。
「フルブルー?」
健の言葉に、智哉が聞き返す。
「そう、正確にはちょっと違うんだけど、正式名称は"信号機点灯時間調節の為の青点灯"
って、言うんだ。ITSで制御されている、信号の内蔵時計の調整をする時間のことだ。以前、
そのときを狙って、ゼロヨンやキャノンボールをやっていた連中が付けた通称が、"Full
Signal Blue Lights"略して"FB(Full Blue)"だ。」
「それって、公共の交通機関からの、ITSへの介入によって起る、信号の点灯時間調整をす
る為に、年に一回、直線道路の全ての信号を、青に変えるヤツでしょ?だいぶ前にそれを
利用して、公道でレースをする人がいるからって、廃止になったんじゃなかった?」
「表向きはな。実際には、全ての信号が、5分程度かけて調整していくから、タイミングさ
え合えば、一定のスピードを保ったまま進む事で、全ての信号が青のときに、通過できる
のだ。ただ、そうするとレースに成らなくなるからって理由で、公道レースはやらなくな
ったな。」
健が不適に笑いながら終わらせた話を彩が受け継ぐ。
「で、私たちの計画は、警報が鳴ったら、そのFBを利用して、警備員を振り切ろうって訳
よ。勿論、警報が鳴らないのが一番なんだけど、この会社はちょっと…。」
「そう、どうやっても、警報が鳴るみたいなんだよな。しかも、どうやら解除できないら
しい。だから、警報は鳴らす。」
「って、警報が鳴ったら終わりなんに、その警報が解除できないから鳴らす、ってどうい
うことよ?!」
「私たちに、"捕まれ"、って言っているようなものじゃない?!」
あっさりという二人に渚が驚愕の怒声をあげるが、健はそれを制して話を続ける。
「落ち着いて、最後まで聞け。別に警報が鳴ったら終わり、ってわけじゃない。警報が鳴
るタイミングを、少しだけ遅らせることは出来るし、鳴ってからも、安全に外に出られる
ようには、するから。」
「どうやって?」
「井筒金属は、来月、本社を東京ジオに移転するの。先月から、そのための作業をしてい
る関係で、本社に常駐している警備員の数が、少なくなっているわ。だから、警報が鳴っ
たとき、普段行っている対処が、出来なくなっているの。詳しくいうと、普段は警報が鳴
った後、何人かの警備員が、そこより上に行って、上と下の両方から挟み込んでいくの。
だけど、今は人数が足りなくて、上に行く人手が足りないのよ。」
「勿論、そのときには近くにある警備会社の支店から、応援が来る手はずになっているけ
ど、計算してみたら、到着まで80秒はかかる。その間に外に出てしまえば、こっちのもの
だ。警報と同時に、作動しなくなるはずのエレベーターや、オートロックはこっちからハ
ッキングして、動かすことができるし、逆に警備用の緊急エレベーターを止めて、時間を
稼ぐ。」
「それだけ終われば、後はこっちのものよ。FBを利用して、応援の警備を一気に振り切っ
てお終。どう、簡単でしょ?」
交互に説明した二人が、終わると同時に微笑んでみせる。逆に説明された二人は、同時に
引きつった笑みを浮かべた。
「簡単に、言ってくれるけどな…。」
「言うのとやるのでは大違いよ。大体、どれか一つでも失敗したら、こっちがお終、じゃ
ない。」
「それは絶対にありえない。」
「そんなん絶対にないわ。」
抗議に、二人が同時に返事をする。更に健が続けた。
「目的のデータが保管されているのは、本社ビルの19階。常駐している警備員のエレベー
ターが到着するまで、50秒はかかる。仮に警報が鳴って、エレベーターまで5秒かかると
しても、55秒。応援がくるまでに25秒ある。」
「それにこのビルには、階段が二つあるの。だから、応援はどうしても一階で待機するし
かないのだけど、構造上別の出口を創ることもできるの。万一の時は、そっちを使うから
大丈夫よ。」
「ちなみに、応援の到着まで80秒、って言うのは、よっぽど迅速にいった場合で、実際に
は、90〜95秒程度かかるはずだ。それを考えると、30〜35秒の余裕がある。勿論、それで
19階から1階まで降りられる、ってわけじゃないが、当直の連中が上がってくるまでの、
時間稼ぎにはなる。」
「それに、さっきも言ったけど、警報だって、10秒ほど遅らせることはできるし、警備員
が使う方のエレベーターは、こちらから停止させるわ。タイムラグまで含めて考えると、
時間は2分近くになるわ。それだけあれば、ビルから出るくらいなら、何とかなるでしょ?」
「それじゃ、説明になってないでしょ?それだけ自信を持っていえるのだから、その証拠
を見せて頂戴、って言っているの。」
「ここまで詳細な情報を集められたのが、何よりの証拠にならないか?」
渚の質問に、笑いながら健が答える。更に何か言おうとする彼女よりも先に、智也が言
葉を返した。
「後は本番のお楽しみ、ってわけか。いいぜ、やってやる。ただし、駄目だったときは、
覚悟してもらうからな。」
「そのくらいは当然よね。」
「OK、じゃあ決行は明日、FBのタイミングに合うように動いてもらうから、そっちもし
くじったりしないように頼むぜ。」
渚が、まだ少し納得いかないような表情で続けると、健は笑いながら頷く。
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